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おとうさん 4


おとうさんの葬式は、それはそれは大変だった。

まず発覚した香典泥棒。普段ならめったに来ない遠くの親戚が、連絡をしたとたんすっ飛んできて、何故か実家に宿泊していった。次の日は、今度は早々に帰ったが、祖母がお金がなくなったと騒ぎ出した。
大事だと思って、どこからお金がなくなったか聞いてみると、今度は出るわ出るわ押入れから帯のついた札束。銀行が信用できないからと、下ろして手元においていたらしい。それだけあれば、母はあんなに学費で苦しむこともなかったろうに、この人は何をしているんだろうと哀しくなって涙が止まらなかった。
みんなあまりのショックで、香典泥棒なんかどうでもよくなっていた。その人とは絶縁でとどめた。

私が父の部屋を片づけていると、父の弟のおじさんが、廃人状態の父を叱責したときの話をぽつりぽつりと話した。おじさんは私に抱きついて、泣いていたような気がする。私と同じ年の娘を持つおじさんが。
私はただ、されるがままに、おじさんに胸を貸していた。

祖母が、「あいつが死んだのはおまえのせいだ」と母をせめたてた。母は冷静に、「誰のせいでもないよ。そんなこといったら、誰だって心当たりがあるんだ。」と言った。「みんなそれぞれ思うところがあるんだから、この話はしないようにしよう」とその場で決め、それは今も暗黙の了解になっている。

夜、家族と親戚で、飲みながら馬鹿騒ぎをしていた。騒がなければやってられなかった。
私たちは交代で、夜も線香を灯した。

私たちの地域では、火葬してから葬儀を行う。
特に父の遺体は損傷しているので、早めに火葬することになった。
出棺の時、棺にすがり付いて、はじめて母が泣いた。
これ以上ない違和感だった。母が父にすがりついて泣くなんて。
後で理由を聞いて納得した。母は父があまりにも情けなくて泣いたのだと言う。
子どもたちを残して、無責任に死ぬなんて、と。
私たちは全員社会人になっているのだからそんなに問題ないんじゃないかとは思ったが、
確かにその後、兄の結婚式の時などは多少困った。

父の遺体が火葬されている間、父と二人で煙草を吸っていたことを思い出しながら、遠ざかっていた煙草に火をつけた。
普段煙草なんか吸わないおばさんが、「ふかすだけだけど、お弔いね」といって、一緒に吸ってくれた。

そして、おとうさんは真っ白い遺骨になった。

おとうさんの骨はもろかった。
去年死んだじい様の骨は、寝たきりだったにもかかわらず上半身はしっかりと太い骨が残っていたから、そこからくらべると本当におとうさんの骨はもろかった。

でも、なんのしがらみもないただの真っ白い骨になって、そこで私はようやくホッとしたのを覚えてる。
ああ、これでやっときれいな体になったね、と。
おとうさんを天国へ送るほどの炎が、きっとおとうさんの体からアルコールも何もかも燃やし尽くしてくれただろう。


葬儀には、母に嫌な顔をされつつも、彼氏が来てくれた。
彼氏が腕に黒い腕章をつけているのを見て、初めてそういう風習があるのを知った。
兄のお嫁さん(当時は彼女)も来てくれて、結果的に私と兄は、自分の恋人を親戚に晒すことになった。
会社の同じ部署の皆が来てくれた。
いつもはあまり声を掛けてくれないプログラマーさんが、私に声を掛けてくれた。
後で知ったが、彼も昔母を亡くしているのだと言う。だから、私に感情移入したらしい。
同じ会社に、昔の同級生のお母さんがいたため、同級生からも献花が届いた。
胸が熱くなった。人のつながりって、1番人を救うのかもしれない。


多分未だに、自分が死んだことにも気付いてないかもしれないおとうさん。
私たちを見守るどころか、何をしていいかもわからずにその辺をフワフワしてそうなおとうさん。
しょうがないなぁ、と鼻で笑って、今日は家に帰ったら線香でも上げようか。
剣菱とマイセンでも仏壇に供えて。
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