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おとうさん


仕事をサボってネットサーフィンしていたときに偶然見つけた「MENTAL REBORN」というブログ。
そこは、メンヘル疾患による自死で奥さんを亡くしたカウンセラーさんが、男手ひとつで子育てをしていて、奥さんとの回顧録なども書かれていた。
奥さんを支えていたその愛情の深さや、カウンセラーさんの考え方などから、この方だったら自分と彼氏のことを相談してもいいかもしれないと思った。
それが彼氏の就職活動を支え始めたころで、自分の行動に自信がもてなかった時のことだ。


片親でもけなげに育つお子さんの話をみていて、ふと自分も今片親であったことを思い出した。

わたしのおとうさん。
おとうさんは、5~6年前に他界した。私が社会人になったその年の11月末。
祖母が朝起きたら、こたつで冷たくなっていたらしい。
足は低温やけどでただれていたそうだ。
そのあと、救急車を呼んだのか、警察を呼んだのか。
検死の結果は、前日の10時頃に亡くなったということだった。

「~そうだ」とか「~らしい」という言葉を使うのは、私はその場にいなくて、後から聞いた話だから。
父と母は別居して、私は母と暮らしていた。
私は仕事で、会社からさらに出向していた客先でその知らせを聞いた。
兄が、言葉につまりながら、「あのな…落ち着いて、聞けよ…」といった。
後にも先にも、兄のあんな声を聞いたことがない。
その言葉で、あぁ、家族の誰かが死んだんだな、と、ひどく冷静に思った。
兄が言葉に詰まっている間も、誰だろうと頭をめぐらせていたほどに。
そして、それが、祖父でも祖母でもなく、父だったことに、半分驚き、半分納得していた。
私は話せなくなった兄に「これからすぐ行くから」とまくしたて、電話を切った。


死因は急性心臓発作。
父はいわゆるアルコホリック(アルコール中毒)で、晩年は廃人同然なぐらいに体も脳もボロボロになっていた。
ほとんど衰弱死だったのだろう。
父の済む実家に着くと、既に父の遺体は布団に安置され、鼻と口には含み綿、足には祖父の尿パッドが巻かれていた。
手も紐かなにかで無理矢理組ませてあった。すでに死後硬直していたから、そうするしかなかったのだろう。
看護師の母が一番先に来て、処置を済ませたらしい。
「何が悲しくて、自分の旦那の遺体の処置をしなきゃなんないの」と母が呟いた。
こんなことするために看護師になったんじゃない、と。
母が父の事を「旦那」と呼ぶのに違和感を感じた。
父の死に顔は、浅黒いような紫のような奇妙な肌色で、半端に口が開かれていた。
お世辞にも綺麗な死に顔とは言えず、鼻にも綿が詰められ、そのまま固まった父の姿に、
「ああ、死ぬとこうなるんだな」と思った。
それはすでに父という人間ではなく、ただの遺体だった。
初めて直面する、なんともいえず不思議な、そして哀しい体験。

会社に事情は説明してあったが、社用車のまま客先から直接自宅に戻ってしまったので、社用車を返却しに一端会社へ。
動揺していたこともあったが、こんな時上司になんと報告すればいいのかわからなかった。
とりあえず、「身内に不幸がありました」とか、「父が他界しました」とか、客観的な言い方をしたような気がする。
自分でも違和感があったが、一応公の場だということを慮ったつもりだ。

そこからは、ひどく家の中が立て込んで、目まぐるしかった。
だけど、時間はひどくゆっくり進んでいたような気がする。


続く
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