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【外国人参政権】・【人権侵害救済法案】に断固反対します


企画者: 危機を感じる小市民
提出先: 櫻井よしこ氏・内閣府・主要政党・新聞社・テレビ局
開始日: 2009年09月27日
マスコミがなかなか報道しない
「外国人参政権」・「人権侵害救済用語法案」
一見素晴らしい法案に思えますが、成立したらとんでもないことになりかねません。
日本で、日本人がまともに暮らしていけなくなる危険性があります。
日本の大事な事を外国人にまかせたいですか?
時間があまりありません。
共感して頂ける方は、どうぞ署名をお願い致します。

http://www.shomei.tv/project-1300.html
***********************************

日本で選挙権を得たいなら、帰化するのが道理だと思う。

小沢氏、永住外国人への地方参政権付与実現に意欲
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090911AT3S1101R11092009.html

↑とか…
鳩山さんだって「日本は日本人だけのものじゃない」とか言ってますし…
アメリカはアメリカ人だけのものじゃないんですか?
中国は中国人だけのものじゃないんですか?
韓国は韓国人だけのものじゃないんですか?
そんなこと他の国で、その国の偉い人が言ったら暴動が起こるんじゃないですか?


これは別件ですけど。
補正予算案を停止して2.5兆円を捻出したようですが、それらを止められたら困るところが随所に出てくるでしょう。
前に書いた記事の失業者雇用支援事業だって、停止の対象になっています。
コピペですが、8/30の記者会見によれば、停止される事業の内約は
・エコカー補助金
・家電のエコポイント
・子育て支援関連
・高校生、大学生支援(授業料減免等)
・医師不足解消の為の基金の創設
・婦人系のガン検診の無料化
・介護職員の収入アップ
・住宅購入時の生前贈与税の減免
・学校耐震化、太陽光パネル設置、IT化
・雇用を確保する為の中小企業への補助
・失業者への生活支援金の給付
・失業者への住宅支援
・地方への総額2.4兆円の交付
だそうで。

それらを停止しなければならないほど優先するべきことなんでしょうか?「子ども手当」
そして、マスコミにあまり触れられることなく、進められようとしている外国人参政権も。
なんだか、細かいことまでよくはわかりませんけど、私はそら恐ろしいです。


彼氏は今日、雇用支援事業の方に行っているようです。
とりあえず、流石に今進めてる人の分はいきなり止めるということはなさそうで、ひとまず安心はしていますが、油断はできませんね。
支援してもらえるうちに、頑張らないといけませんね。
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おいおいおいおいおい、ちょ、おま!


民主党、麻生内閣策定の09年度補正予算を執行停止へ。概算要求も見直し…緊急人材育成・就職支援基金など
http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=eco_30&k=2009083000622


「急人材育成・就職支援基金など」が「見直し」なんですか!?


せっかく就職支援事業の対象になったっていうのに、民主政権に変わることでそれがなくなっちゃったらどうしよう…。
目下、政権交代で心配なことと言ったらそこなんですよね。

近況


おひさしぶりです。
12月からおとといまで私もニートしてました。
家にいるとブログを書くのが面倒でたまりませんでした。
つーか書いてませんでした。
なんかもう、私の中でブログとは仕事をサボって書くものになってるようですw

…だめじゃんorz

新しい職場へは高速バスに乗って通います。
母親にあきれられました。

彼氏は未だ大絶賛ニート中です。
先日、自分と彼氏の現状に悲観して八つ当たりしました。
直後に大後悔。
一番辛い現状にいる人に何してくれちゃってんの私。
思い直して、また二人でハローワークに行きました。
とにかく、どんな会社でもいい。派遣でもいい。社会人としての経験がほしい。
彼はそういいます。
んんん…でも。
それは私と一緒にいたいからそうするの?
自分の意思はどうなの?
…そんな、彼を助けると決心したときに割り切った気持ちが、また胸でくすぶる。
彼自身は、どうありたいの?

所属してる劇団(演劇サークル)の公演が近づいてきています。
今回私は準主役。
大体覚えたけど、初心に戻ってバスでの移動中に、脚本を読み込んでみました。
そうすると、もっと動けるんじゃないかって部分が見えてきた。

迷走している私と彼。
いろんな角度から道を模索してきたけど、そのたびに行き詰る。
でも、でもどこかに道はあるはず。
あきらめない。ぜったいあきらめない。
あきらめるなんて選択肢は、ずっと前に捨てたんだ。
どんなにヘタレで、どんなにニートで、どんなに嫌韓で、どんなに右側思考でも。
それでも、彼は私の大事な人。

おとうさん 4


おとうさんの葬式は、それはそれは大変だった。

まず発覚した香典泥棒。普段ならめったに来ない遠くの親戚が、連絡をしたとたんすっ飛んできて、何故か実家に宿泊していった。次の日は、今度は早々に帰ったが、祖母がお金がなくなったと騒ぎ出した。
大事だと思って、どこからお金がなくなったか聞いてみると、今度は出るわ出るわ押入れから帯のついた札束。銀行が信用できないからと、下ろして手元においていたらしい。それだけあれば、母はあんなに学費で苦しむこともなかったろうに、この人は何をしているんだろうと哀しくなって涙が止まらなかった。
みんなあまりのショックで、香典泥棒なんかどうでもよくなっていた。その人とは絶縁でとどめた。

私が父の部屋を片づけていると、父の弟のおじさんが、廃人状態の父を叱責したときの話をぽつりぽつりと話した。おじさんは私に抱きついて、泣いていたような気がする。私と同じ年の娘を持つおじさんが。
私はただ、されるがままに、おじさんに胸を貸していた。

祖母が、「あいつが死んだのはおまえのせいだ」と母をせめたてた。母は冷静に、「誰のせいでもないよ。そんなこといったら、誰だって心当たりがあるんだ。」と言った。「みんなそれぞれ思うところがあるんだから、この話はしないようにしよう」とその場で決め、それは今も暗黙の了解になっている。

夜、家族と親戚で、飲みながら馬鹿騒ぎをしていた。騒がなければやってられなかった。
私たちは交代で、夜も線香を灯した。

私たちの地域では、火葬してから葬儀を行う。
特に父の遺体は損傷しているので、早めに火葬することになった。
出棺の時、棺にすがり付いて、はじめて母が泣いた。
これ以上ない違和感だった。母が父にすがりついて泣くなんて。
後で理由を聞いて納得した。母は父があまりにも情けなくて泣いたのだと言う。
子どもたちを残して、無責任に死ぬなんて、と。
私たちは全員社会人になっているのだからそんなに問題ないんじゃないかとは思ったが、
確かにその後、兄の結婚式の時などは多少困った。

父の遺体が火葬されている間、父と二人で煙草を吸っていたことを思い出しながら、遠ざかっていた煙草に火をつけた。
普段煙草なんか吸わないおばさんが、「ふかすだけだけど、お弔いね」といって、一緒に吸ってくれた。

そして、おとうさんは真っ白い遺骨になった。

おとうさんの骨はもろかった。
去年死んだじい様の骨は、寝たきりだったにもかかわらず上半身はしっかりと太い骨が残っていたから、そこからくらべると本当におとうさんの骨はもろかった。

でも、なんのしがらみもないただの真っ白い骨になって、そこで私はようやくホッとしたのを覚えてる。
ああ、これでやっときれいな体になったね、と。
おとうさんを天国へ送るほどの炎が、きっとおとうさんの体からアルコールも何もかも燃やし尽くしてくれただろう。


葬儀には、母に嫌な顔をされつつも、彼氏が来てくれた。
彼氏が腕に黒い腕章をつけているのを見て、初めてそういう風習があるのを知った。
兄のお嫁さん(当時は彼女)も来てくれて、結果的に私と兄は、自分の恋人を親戚に晒すことになった。
会社の同じ部署の皆が来てくれた。
いつもはあまり声を掛けてくれないプログラマーさんが、私に声を掛けてくれた。
後で知ったが、彼も昔母を亡くしているのだと言う。だから、私に感情移入したらしい。
同じ会社に、昔の同級生のお母さんがいたため、同級生からも献花が届いた。
胸が熱くなった。人のつながりって、1番人を救うのかもしれない。


多分未だに、自分が死んだことにも気付いてないかもしれないおとうさん。
私たちを見守るどころか、何をしていいかもわからずにその辺をフワフワしてそうなおとうさん。
しょうがないなぁ、と鼻で笑って、今日は家に帰ったら線香でも上げようか。
剣菱とマイセンでも仏壇に供えて。

おとうさん 3


彼氏に、この話題はちょっとどうなんだと言われた。
個人的には、ここに吐露することで客観的にとらえることができて、気持ちの整理にもなっているのだけど、納得できるところまで書いたら後は、おとうさんに関する記事は下げます。


おとうさんが精神科の病院に入院することになった。

父の入院に伴い、私と祖母が医者の注意を聞いた。
これは、父の意思による任意の入院であること。
今後父が服用する事になる薬を飲み始めると、お酒は飲めなくなること。
お酒を飲むと、体に危険が及ぶこと。
この入院に拘束性はなく、患者は自由に外に出て行くことができること。ただし、それで外出した際にお酒を口にしてしまったら、父に治療する意志がないとされ、入院は取消しになってしまうこと。
たしか、そのようなことだった。
父がもし暴れるようなことがあれば、拘束させていただきます、という同意書に私と祖母がサインをして、医師との話が終わった。


父の入院に必要なものを、父と二人で買出しに行った。
そのついでに、父は趣味のアマチュア無線の仲間に挨拶するというので、そっちに立ち寄ったりもした。

私は父を助けたいと思っていた。
出来ることなら、母にも父を許してほしいと思っていた。

しかし、その私の気持ちは、父によって踏みにじられた。

父は、買出しの時に、酒を飲ませてくれと言い出した。
これから飲めなくなるのだから、最後に飲ませてくれと。
私は当然怒った。そんなことをしてしまえば元の木阿弥だ。なんのために入院するのかわかっているのか。そういって父を諭す私に、父はこう言った。
「お前も、母親と同じ事を言うんだな」
私は、頭が真っ白になった。とにかくダメだと言い放って、買い物をしていた私の目を盗み、父はビールを一缶買って飲んでいた。
いつのまに、父はこんなにダメな人間になっていたんだろう。
私は泣きながら、父の手にしていた酒を取り上げ、中身を飲み干して、そのまま車で家路についた。
事故に合って、このまま二人で死んでも構わないと思った。むしろ、父を殺してやると思っていた。
幸か不幸か、警察に捕まることもなく、事故に合うこともなかった。絶望した。

それからはもう、父を助けようなどとは微塵も思わなくなった。

父は数週間~一ヶ月程度で退院になった。
完治するはずもなく、治療する意志がないと見られた強制退院…つまり、入院中の飲酒。
何かの用事で実家に行った時、父は普通に私に声をかけた。
「ラーメン食いにいかないか?」
「行かない」
情けないけど、それが私と父の最後の会話。
父は、入院中に知り合った男性と何でも屋を始めると言い出した。そのプランの中には、既に社会人になっている私と兄まで参加することにされていた。

父の死の連絡を受けたのは、そんな、父への怒りがおさまらない中でのことだった。
父は微塵も自分が死ぬと思っていなかったのだろう。日中には車を車検に出していた。
本人が亡くなったから車検を止めてくれと言われた整備会社もびっくりしたことだろう。


未だに、父の死には胸にわだかまりが残っている。
明るく振舞う私の家族にもそれは重い影を残した。
父のようになりたくないと、酒も煙草も口にしない兄たち。
息子に先立たれた祖母は、母を人殺しと責めたこともあった。
それでも母は、子どもに先立たれた祖父母をほっとけずに、また実家に戻って暮らすようになった。
そして、私は父が廃人になっていた部屋で暮らし、一時はとても強い煙草を吸っていたものの、彼氏との付き合いの中で徐々にやめることができた。
私たち家族は心の弱さに支配された時、必ず父の姿を思い出す。
反面教師といえばそうかもしれない。ただ、できることなら私は、父に普通の父であって欲しかった。


ただ、こうして当時を思い出しながら指を動かすことで思うのは、
当時父を許せなかったのも、また私の弱さだったのかもしれない。

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